高校サッカーのハイライト番組で、広島観音高はメンバーの選考から相手校の対策のミーティングまで全部、選手に任せている(ので、監督はエラい)という内容の放送があったが、そんなの監督が自分の責任を放棄しているだけ.
当落線上の選手の立場からすると「俺の方が頑張ってたのに」とか「俺の方が絶対うまいのに」と納得しきれない部分が出てくる.
選手選考は監督の専権事項たるべし.
日本代表においても、ドイツW杯のときは中田ヒデが選手起用に口出しをし、ジーコもその言うことを聞いていたとか.
明らかに中田よりも使える(と本人たちも自負している)小野や小笠原がむくれて当然.
結果は皆さんご存知の通り.
話が逸れてしまった.
広島観音高は、ハーフタイムのミーティングもキャプテンが指示を出し、試合中の選手交代もキャプテンが監督にお願いをするシーンが映し出されていた.
これも負けた時の監督の責任逃れが目に浮かぶ.
「自分たちで決めたことだから、しょうがないよね」
監督いらないじゃん.
そんな監督はとっとと埼京線にでも飛び込んで、天国から見守っていてくれ.
丸投げをされたキャプテンは責任を押し付けられて成長するかもしらんが、他の選手(特に外された選手)にはいい迷惑.
宮台真司も書いていた.
この社会が周りにいる誰かの作為によって作られたとすると、その誰かにとって都合よく社会が設計されているんじゃないかとの疑念が絶えず渦巻く.
社会を超越した絶対者に作られたとした方が納得できるんだと.
チーム・スポーツの場合に当てはめると、社会を作為的に設計した誰かが選手で、絶対者が監督だとすると分かるんじゃないかな.
それに比して、尚志高の監督は潔かった(対戦はしてないよ).
「お前たちはよくやった.勝たせてやれなかったのは俺の経験不足、申し訳なかった」
こんな指導者にあたった選手は、たとえベンチに入れなかった控え選手でも幸福.
高校サッカーは終わっても、サッカーをずっと続けてくれると思う.
3回戦で観音高の監督がついに発言と出たのでどんな事を言うのかと思ったら、「心で戦ってないよ!」だって.
中学生レベル.
やっぱり天国から見守っていてくれ.
0 件のコメント:
コメントを投稿